こんにちは!
最近、ニュースや国会でもよく耳にする「給食費の無償化」。
子育て世帯としてはありがたい話ですが、先日国会動画を見て「そうそう、そうなんだよね~」と思いました。
今日はこの給食について考えてみたいと思います。
実は今回からYouTubeチャンネルの運営も開始しました。
こちらも参考にご覧くださいね!
「おいしい給食」が子供の楽しみだった時代
神谷議員は、ドラマや映画にもなった『おいしい給食』という作品を例に挙げていました。昔は(といっても昭和~平成初期くらいですが)、先生も生徒も一緒になって給食を心待ちにし、お腹いっぱい食べていた。そんな「食の楽しみ」が学校にはありましたよね。
ところが今の現状はどうでしょうか。
無償化の議論の裏で、削られる「質」と「量」
今、国会では「お金をどこが負担するか(国か自治体か)」という議論がメインになっています。
しかし、神谷議員が指摘していたのは「無償化という形にこだわるあまり、中身が疎かになっていないか?」という点です。
実は今、予算不足から「品数が少ない」「お腹いっぱい食べられない」という声が現場の子供たちから上がっているそうです。議員の息子さんも「給食が足りない」と言っているというエピソードには驚きました。
もし、無理に「無償化」を優先した結果、さらに予算が削られて給食が寂しいものになってしまったら……それは本当に子供たちのための支援と言えるのでしょうか?
私の意見:目指すべきは「投資としての給食」
動画を見て感じたのは、給食は単なる「食事の提供」ではなく、子供たちの体を作る「投資」であるべきだということです。
神谷議員はこう提言していました。
「無償化」に固執しすぎない
オーガニック(有機)や地産地消の食材を取り入れる
子供たちが栄養をしっかり摂り、満足できる質を確保する
私もこの意見に共感します。
家計が助かるのはもちろん嬉しいですが、それ以上に「日本の未来を担う子供たちが、安全で質の高い、美味しいごはんを毎日食べられること」の方が、長期的に見て価値がある気がします。
まとめ
私は昭和の人間ですが、給食は大抵余っていて、体の大きい男子や先生なんかはおかわりして、お腹いっぱいになっていました。
そして、地域的に中学も給食室のある学校だったので、冬の暖かい豚汁は御馳走でした。
私の子供達は中学からは残念ながら、仕出し弁当の給食でした。
冷めてるし、魚はぱさぱさしてておいしくないと言っていました。ですので、お弁当と選べたわが地域では、子供たちに聞くとお弁当持参の人が半数近くいましたし、娘も途中からお弁当に変えました。
安いのは良いのですが、美味しくないのは困りますよね。
少し補助金も出て、美味しい栄養のある、安全なものを提供してほしいと切に願います。
「タダなら何でもいい」のではなく、「質の高い給食を、国が責任を持って支える」。 そんな議論がもっと深まればいいなと感じた質疑でした。
皆さんは、給食の「無償化」と「質の向上」、どちらが優先だと思いますか?
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