「異次元の少子化対策」の違和感。パート主婦の私が、国会中継を見て気づいた「本当に足りないもの」

令和7年12月8日 参議院 本会議 参政党

こんにちは!
最近よく耳にする「少子化対策」という言葉。 児童手当の拡充や給付金など、確かにお金がもらえるのは助かります。
でも、パートをしながら家計をやりくりし、子供の将来を考えるとき、どこか「それじゃない感」が拭えませんでした。

今回の国会質疑で、参政党の神谷議員が「日本における人口減少の速度は、もはや災害レベルだ」と訴えていました。

政府の回答は「3.6兆円規模の予算で加速化プランを進めている」という数字の話が中心でしたが、神谷議員の指摘はもっと根本的なものでした。

「看板倒れ」の支援になっていないか?

神谷議員は、今の対策が「看板倒れ」と若者に捉えられていると指摘しました。
私たち主婦が感じるのは、目先の手当が増えても、結局社会保険料が上がったり、物価が高騰したりして、手元に残るお金が変わらないという現実です。
これでは「子供をもう一人」という勇気はなかなか持てないのではないでしょうか。

ハンガリーに学ぶ「家族への投資」

驚いたのは、ハンガリーの事例です。
GDPの4〜5%という、日本の倍以上の予算を「家族」に投じているそうです。子供が生まれるほど家庭の負担が軽くなる仕組み。

神谷議員が訴えたのは、単なるバラマキではなく「国が本気で、自国民の命を繋ぐことを最優先にする」という強い意志でした。
今の日本には、その「本気度」が見えにくい気がします。

出産が「リスク」になる社会

さらに、出産費用の保険適用の議論についても触れられていました。
一律の価格設定によって、地域によっては産婦人科が経営難になり、産める場所が減ってしまうかもしれない・・・。

「産みたいけれど、近くに安心できる病院がない」なんて、少子化対策と言いながら本末転倒ではないでしょうか。

「数字」で見えない私たちの価値

神谷議員が、「今の女性支援は『管理職率』などの数字ばかり。家庭を支える女性への評価が欠けている」と指摘していました。

これを聞いて、すごく救われた気持ちになったんです。 パートで働く母親が、なぜフルタイムを選ばないのか。

それは、子供に「おかえり」と言える場所にいたいから、あるいは地域や家庭の細かな営みを守りたいからです。

でも今の政治は、外でバリバリ働く女性だけを「活躍」と呼び、私たちのような選択をしている人の存在を、どこか「もっと活用すべき労働力」としか見ていない気がしてなりませんでした。

「数字に現れない価値」に光を当ててほしい。
この神谷議員の言葉は、今の日本に一番足りない視点だと感じます。

補助金よりも「減税」を。家計の切実な願い

もう一つ、共感したのが「一度集めてから配る補助金」への疑問です。
今、電気代の支援や一時金の話が出ていますが、手続きは面倒だし、そもそもいつまで続くか分かりません。

神谷議員が提案した「無駄な補助金をAIなどで整理して、その分を消費税減税などに充てる」という考え。
スーパーで買い物をするたびに、レジで引かれる消費税の重みを一番知っているのは、家計をやりくりする私たちです。一時的な「お小遣い」のような給付金ではなく、構造的な「減税」をしてくれた方が、どれだけ将来の安心に繋がるでしょうか。

そして、一般企業が使える、個人事業主が利用できる補助金の種類の多さ。
内容によっては、一部のコンサルタントのような活用できる人が儲けれるようなもので、とても国民に還元しているようなものではないものがあります。
本当に必要な補助金制度を、一度AIで種類を分けてみては?との提言に、本当にその通りだと思いました。

無駄な部分をカットし、そして減税へ。税金の無駄遣いが多すぎて、こうなっているのだから。
外国人労働者の受け入れなども、税金が投入されているけれど、制度を知っていても、それを使うと国はどうなるのか?
そこまで考える人が、少ないのが問題です。政治リテラシーが、日本人には欠如しているのです。

まとめ

少子化は、単なる「数字」の問題ではありません。
私たち親が、そしてこれから親になる若者たちが、「この国で子供を育てることは、心から幸せで、安心できることなんだ」と信じられるかどうかの問題です。

一人の主婦として、私はこう思います。
予算の数字を積み上げる前に、まずは家庭を、そして命を育む営みを、この国がどれだけ大切に思っているのか。
その「心」が通った政策を、私たちは待ち望んでいるのだと。

私は小学生の頃、母はパートで仕事を週に何回かしていたのですが、ある時、いつもより帰ってくるのが2時間ほど遅い時がありました。
家で母親の帰宅を待ちましたましたが、とても心細かったのを覚えています。
いつもなら17時、遅くても18時前には帰宅するはずの母が、18時を回ってもかえってこなかったのです。
冬なので、18時だと外は真っ暗です。
そろそろ帰ってくると分かっていても、心細かったです。滅多にないことでしたが、小さい子供はそう感じるものだと、自分の体験から知っています。

だから、子供達が中学生くらいまでの義務教育くらいまでは、毎日でなくてでもできるだけ「おかえり」と言える時間帯には家にいてあげたかったし、朝も「いってらっしゃい」と送り出したかった。
これをしようと思うと、我が家では主人は頼れないし、フルタイムでは、なかなか難しいことでした。(10年前は育児休暇は取ってる人はほとんどいませんでした)

そして子育ては、子供に衣食住を与えるだけというものでもありません。
親子で色々と体験したり、そういう積み重ねが情操教育として大切なことだと感じています。
そして会話がなくても、そばにいるという時間もとても大切です。

さて、予算は「国家の意思」だと言います。 であれば、その意思の中に、私たちのように「家族との時間を大切にしながら、細々と、でも一生懸命に生きている主婦」の姿も、しっかり刻んでほしい。
今回の質疑を聞いて、政治は遠い場所の話ではなく、私たちの台所や子供の未来そのものなんだと改めて感じました。
皆さんは、今の日本の予算の使われ方、どう感じますか?

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