偏差値だけ良くても意味がない
現在受験勉強真っ只中の高校3年生の息子。
良くも悪くもマイペースで元気なので、母としてはほっとしています。
トップ校に進学したため、周りはとても優秀です。
医者を目指し、防衛医科大学に受かった子、東大、京大、阪大に受かった部活の先輩たち。
息子はそんな中、あまり将来の夢も決まらずそれでもなんとか勉強をしています。周りの子たちが頑張っているのもあるから、そう、環境がそうだからです。
でも、受験勉強は、楽しくてする分にはいいのですが、楽しくないならやめておけばいいと思うんです。
ただ他にやることもないなら、まずはお勉強頑張ろう!って昔から子供たちに伝えてきました。
勉強して基礎知識がないと、将来なりたい職業に着けない可能性もあるからです。
で、頑張っても上がれないラインがあると思うけど、それはそれでいいのだと思う。
自分のペースで、毎日、コツコツと、淡々とするべきことをしていく。
この日々の積み重ねが、あなたの未来を創るのだから、結果がどうでも、積み上げてきたことがとても大切で、愛おしいと思おうって。
そして、中学生のころから、子供たちに伝えていたこと。
「頭だけ良くても意味がない」
「一流大学出身でも、社会のためにならないことをしている人もいる、そんな大人には絶対になるな!」
何のために生きているのか?
この原点に返った時に、答えはでてくるはずなのです。
学校評価アンケートへの回答
毎年、学校側から「学校評価アンケート」への回答が求められます。
最期に、どのようなことを学校側にのぞみますか?のような自由にコメントできる欄があるのですが、皆さんはどのようなことを書きますか?
私は、今回はたまたま尊敬するお医者様が言っていた上医、中医、下医について書きました。
そういう視点で物事を見れるような教育をしてほしいと。
そうでないと、せっかく学んだ学問が、社会に真に活かされないということです。
そういえば、中学の頃は、政治の話、日本だけでなく、世界の動きを学ぶような時間を取り入れてほしいと書きましたね。
私自身、子供のころからそういう話を学校でも、家でもほとんどしたことがなく、もちろん友達ともそういう話題にはなりませんでした。
これが、大いなる問題だと感じています。
上医、中医、下医とは?
上医、中医、下医という言葉をご存知ですか?
私は最近まで知りませんでした。
調べてみると、「上医(じょうい)」「中医(ちゅうい)」「下医(げい)」という言葉は、中国最古の医学書と言われる『黄帝内経(こうていだいけい)』などに記されている、医師の格付けや在り方を表した概念です。
単に技術の優劣だけでなく、「何を治すのか」「いつ治すのか」という視点の違いが説かれています。
それぞれ、見て行きましょう。
下医:既に病みたるを治す
下医は病を医すと言われます。
目の前の症状や病気だけを追いかけ、対症療法を行う。医師としての最低限の仕事はしているものの、ランクとしては最も低いとされました。
中医:病まんと欲するを治す
中医は人を医すと言われます。
病気そのものだけを見るのではなく、患者の心や生活習慣、全体的な健康状態を整える。いわゆる「人間を丸ごと診る」医師です。
上医:未病を治す
上医は国を医すと言われます。
政治や社会の歪みを正し、人々が健やかに暮らせる環境を作る。最高ランクの医者は、一人の患者だけでなく「社会全体」を治す存在であるとされます。
人としてどう生きるか?
もし、あなたが偏差値70超えの高校に行ったとして、どう生きますか?
旧帝大を目指し、無事受験に成功し、エリート街道をまっしぐら。
それも素晴らしいことです。
でも、これをゴールとしてはダメですよね。その地位にふんぞり返って満足して終わってしまいます。
人は何のために生きるのか?
これは、人それぞれ違うので、ここでこうだとは言えませんが、大まかな最適解として挙げるとしたら、
「人は、幸せになるために生きている」
ということです。
じゃあ、幸せって何?
これも色々本を読んだり、諸説聞いたりしてきましたが、大まかな最適解を上げると
「自分だけでなく、他者や社会の幸せを願うこと」だそうです。
確かに、大抵の人にそれが当てはまるでしょう。
もちろん、そうでない人もいますよ。それがこの世界ですから。
さぁ、少年、少女たち。
どう生きますか?
焦らなくても大丈夫。
なかなかすぐに答えは見つかりません。
私も迷いながら、やっと50過ぎて確信へと変わりました。
早くはないでしょうし、遅くもないでしょうか(笑)
そもそも、そういう思考にならない人もいます。それを良い悪いとかいうことでもないんです。
どう生きるのか?
自分自身との向かい方について軸ができると、とても毎日が心地よいのです。
じゃあ、自分のことしか考えないで暮らしてもいいのではないでしょうか?
それでも良いでしょう。
私の母が言うに、「社会に迷惑にならない範囲で生きて行けばそれでいい」と、もちろんそれで良いとそう思うのです。
ただ無知の善人が、学ぼうとせず、社会にとって良くないことを人に勧めたり、国や世界の制度を悪用している人達の片棒を担いだり。
もちろん、善人なので、そのことに気づかず行っています。
(ここではあえて悪については語りません)
無知でいることで、社会がどんどん悪くなっていく。
そういうことに気付くには、常に自身で調べていかないとダメなのですね。
これが、人生死ぬまでお勉強と言われるゆえんでしょうか。
私は自分には間違いがないなんて思っていません。だから人から聞いたことでも後で調べます。
自分で調べたことも、何度も検証するまでは、確信としてまでは信じませんし、2年後には変わっているかもしれないと思って、また調べなおしたりします。
だから調べたこともどこまで真実なのか?については、データや後日のデータで答え合わせになることも、多々あります。
でも、調べていくと、ある答えが見えてきます。
いかにテレビがでたらめかということ。
CMの商品やタレントの口コミ商品、またスーパーには、本当に我々に必要なものが売られているのか?ということ。
以上のことは非難ではありません。
売られることは自由ですし、発言も自由です。
でも、情報を受ける側、買う側のリテラシーが必要です。
物品だと、詐欺まがいなもので高額だと訴えられますが、怖いのが「無料」のもの。
無料は、無料ではないのですよ。
裏があります。
国の制度の無料にも、裏があります。また質が悪いのがこれは税金が使われているのです。
もちろん、全ての使い方に裏があるのではないですよ。一部です。
ある特定の人や団体が利益を得るための制度です。
ただ自身の利益のためだけにそれに群がり、調べることをしない国民が増えてしまって、今、日本はこうなっています。
子供達には、自身で調べて、きちんんと未来を見据え、正しいことに力を注ぎ、お金を使って欲しいと切に願います。
つまり、目先の事だけをする下医ではなく、物事を包括的に捉えて、根本的な問題を掘り起こし、真面目に考える。
そういう、上医を目指して欲しい。
私も死ぬまでお勉強なのです。
子供たちに背中を見られてるのですから、頑張れます。
いろんな人が世の中にはいる。
それが、この世の中だとわかっていても、そう、これが私の生きる道なんだと思って今日もいます。
踏ん張って諦めずっていうことではなくて、ただ、これが私の道だって感じているからしているっていう感覚です。
だから、今は辛いこともないんですね。
こんな感覚を子供達もつかんでほしいな。
上の娘は少しわかってきているような様子です。
学校評価アンケートに何を書くかと考えていて、今回はこのような記事になりました。
息子が塾から帰ってきて、「英語の先生が、こんな内容の共通テストは、優秀な人を育てられない」ということを言っていたそうです。
奇問だったのか?
いずれにせよ、偏差値だけの教育では、人間は育ちませんよね。
それに気付くひとが多くなれば、教育制度も変わるのかもしれません。
なかなか、難しいところです。
国民は減税のほうが興味が多いということで、国会でもなかなか議論にあがらないということです。
国会中継を見るように、学校授業で行われるといいですね。
まとめ
少年、少女よ、上医を志せ!
なんて、偉そうな文言ですが、まだ自分自身に確信のような軸がないのであれば、まずは興味のあることをとことん追求してみてはどうでしょう?
友達がいいって言ってるから初めてみたで終わるのではなくて、自身で納得のいくまで。
そして、疑問をもつこと。
疑問がなければ、調べることに繋がらないので。
調べれば、友達が言った言葉、先生が言った言葉を真似ていても、やがて自分自身の言葉になります。
それが、ぶれない軸をを作ります。
ぶれなくなると、毎日が安定しますから、生きるのが、心が楽なのです。



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